マタイ6章には、キングジェームズバージョンにしか、書かれていないクリスチャンを励ますために非常に重要だと思われる箇所がある。
Mat 6:3 あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。
Mat 6:4 それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
Mat 6:5 また祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
Mat 6:6 あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
Mat 6:17 あなたがたは断食をする時には、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
Mat 6:18 それは断食をしていることが人に知れないで、隠れた所においでになるあなたの父に知られるためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さるであろう。
ここに、3回「隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さるであろう。
とあるが、実は、「報いて下さるであろう。」KJVでは、ここは「明らかな形にして・公然と・ギリシャ語でファネーロー、英語でopenly という前置きがある。すなわち、クリスチャンが
①「施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな」
➁自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。
③断食をしていることが人に知れないで、
という前提を守りながら神様に願えば、確実に答えられるという約束である。
いずれも
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